2014年5月2日金曜日

韓国から友達が遊びに来ました。・・・その3

先輩らが韓国から来る前まで、
私は、自分は世の中の子供をわが子のように接することができるだろうと思っていました。
それは自分が子育てしながら、子供は何億倍の確率を乗り越え、この世に産まれた命ですし、
愛おしい娘と一緒に将来を築いていく存在だというのをつくづく思えるようになったからです。

実際、そう考えてよその子を見ると、可愛くない子はひとりもいませんでした。
公園で出会う子供が困っていると自然に声をかけるようになり、
すると、その子供もとても優しく接してくれるのです。

ところが。。。

今回先輩の子供達と3週間一緒に過ごして
よその子をわが子のように接することが簡単ではないと痛感しました。
それところか、子供を公平に接することにも経験&訓練が必要だなぁと。。。

先輩の子供が私の想定範囲を軽く超える行動を続けるなかで、
私の心には子供を制止したいと気持ちが後から後から沸いてくるのでした。

たとえば、水の使い方。
子供はだれでも水遊びが大好きだと思いますが、先輩の子供達ももちろん大好き。
歯を磨くとか手を洗うため洗面所に行くのですが、すると水を出し放しでしばらく水遊びを始めます。
私は電気、ガス、水の無駄使いには、なぜかとても気になるタイプで、
娘には必ず洗面器に水を溜めて洗うようにしています。
先輩の子供達にも洗面器で手を洗うようにしましたが、やはり流れる水がいいのか、蛇口を上にあげて水を出すのでした。それが気になる私はついつい水を止めに駆けつける、すると子供達は膨れ面。

また、食べ物。
食べ物にあまり関心のない娘に対して、先輩の子供らはパンや果物などが大好き。
特に下の女の子は本当によく食べました。
ある日、次の日に食べるつもりで苺を買ってきたのですが、それを下の女の子が見て、食べたいと言ってきました。娘なら、「おや、食べたくなったんだ」と喜んであげたはずですが、先輩の子供には「また食べたくなったの?!」という気持ちが先立って、結局「明日食べようね」とあげなかったのです。

今思うと、食べ物が好きな子だから、笑顔であげればよかったのに。。。
苺をあげなかった私に残るのは後悔と申し訳なさだけです。

また子供同士で取り合いっこになると、いつも取られる側が娘だったので、
ついつい先輩の子供達が可愛く見えないのでした。

今思うと取ろうが取られまいが、子供だから起きたことなのに。。。
その瞬間はまだ子供だとか、将来の宝だとかという考えはどっかに吹っ飛んでしまいました。

先輩らが帰ってから、もっと優しく接してあげればよかったなぁと後悔もたくさん残りましたが、
その時はこうすればよかったな、今度はこうしようと自分の行動を見直す機会にもなりました。

子育てって、自分の子だけでなく、他人の子への接し方も、勉強が必要ですね。
なるべく「自分の子のように他人の子に接する」ことができる大人になりたいですね。


←2歳9カ月の娘。
 運動神経はいまいちの娘ですが、なぜか箸使いはとても上手です。
 私より正しい箸の持ち方をしていますよ。

2014年4月24日木曜日

韓国から友達が遊びに来ました。・・・その2

娘が駄々をこねるようになりました。
ま、この年齢で駄々をこねるのはよくあることかも知れません。
しかし、娘の場合、今までは私が娘のいうことのほとんどを聞いてあげていたこともあり、駄々をこねることがほとんどなかったのです。

それはまるで一次反抗期の真っ最中に逆戻りしたかのようでした。

たとえば、
大型スーパーに行った時、娘が2階に行きたいというので、2階に行きました。
しばらくして帰ろうとしてエスカレートに乗ろうとすると、怖いと言って嫌がるのです。
因みに、2階にはエスカレートに乗って上がってきたし、娘はエスカレートに乗るのが大好きです。
エレベーターで行こうとしても、エレベーターも怖いと嫌がり、でも家には帰りたいというのです。
家に帰るためには1階に下りなければならない、そのためにはエスカレートかエレベーターに乗らなければならないと優しく説明しても、娘は乗ろうとしないで、ひたすら家に帰りたいと泣くのでした。

また、夜泣きはもちろん朝方でもよく泣き出しました。
その時娘の口から出る言葉は「お腹すいた、食べない。外に行きたい、行かない。眠い、寝ない」。
間逆な言葉を繰り返し、娘が何がしたいのか分からないのです。
「抱っこ、抱っこ」と言われ、抱っこしてあげようとするとすぐ拒否するし。。。
一度泣くと、1時間くらい泣くのですが、まるで娘の体にストレスの瓶があって、それが空っぽになるまで泣くというようなイメージで、私が手の打つところがなく、最後まで泣き通す娘でした。

こんなこともありました。
娘が風邪で家にいるとき、オムツがパンパンなのに、娘は履き替えないというのです。
以前なら、私も娘がやりたい方にしておくのですが、その日はまた娘の駄々が始まったと思い、
なんとかして娘のオムツを履き替えようと思ったのでした。
最初は寒くて風邪がひどくなるなど色々説明をしたのですが、いうことを聞かない娘。
後になっては、病院でオムツを取り替えってもらおうと娘を脅かしました。そこで娘はようやくオムツを取り替えると言いましたが、今度は自分で脱ぐと言い出して、ちっとも脱ごうとしません。
堪忍袋が破れた私は「脱いで!」と、自分が出せる大声で娘に怒鳴りました。娘は「そう言わないでよ」と泣きながらも脱ごうとしません。
最後の最後、私は力を使い、娘のオムツを破って脱がしました。そしてオムツをくるくる巻いて、イライラのあまりごみ箱に投げつけたのです。(このとき、ちょっとしまったと思いました。案の定、その後娘はイライラするとすぐものを投げるようになり。。。何回か言い聞かせ、今は投げなくなりましたが。)
新しいオムツを履かせながら、娘の顔を見たら、散々泣いたせいなのか意外とあっさりした顔をしてました。
その日、私は重い気分で一日を過ごしたのでした。

そういえば、友達によく貸してあげた自分のものも、
すぐ「私の~」というようになり、取り合いになっていました。

娘のことをどうすればいいのか、複雑な気持ちになっていたとき、
以前読んだ育児の本の目次が目に止まりました。

そこには「子供の反抗期は次の成長を準備する時期」と書いてありました。

あ、娘は何か成長しようとしてたんだ。。。

それで娘をよく観察すると、機嫌がいい時もありました。
その時は、私と二人きりになった時。韓国からのお客様が外出して家にいなくなると、娘はうそのように機嫌が直りました。

韓国からお客様が来てから、
母は自分よりお客様を優先にし、自分と同じ年齢の子供達に自分の玩具を取られるし。。。
それが長期間になるに連れ、娘はストレスを感じていたかも知れません。

今までの娘の異常の行動がストレスから来たと思うと、
なんだかほっとして、娘の行動をありのまま受け入れるようになりました。

そして韓国のお客様が帰って2、3日後、娘の夜泣き、朝泣きもなくなったのでした。

←雨の散歩が大好きな娘。
 久しぶりに二人の散歩を満喫しました。

2014年4月15日火曜日

韓国から友達が遊びに来ました。・・・その1

韓国での大学時代の先輩が子供二人を連れて5年ぶりに来日しました。

彼女は私と同じ時期に、同じ日本語学校、そして学校は違うけど日本の大学に進学して勉強してまして、私が日本に来て大学を卒業するまでの間、ほぼ家族のような存在で支え合った人です。

今回韓国に行った時にも彼女には大変お世話になりました。

うちはよく韓国からのお客様が泊まって行くのですが、今回も私からうちに泊まるように勧め、
3週間ほど一緒に過ごしたのでした。

彼女が連れてきた子供は4歳の男の子、2歳の女の子。

女の子は娘より2カ月ほど後で産まれましたが、成長ぶりが著しく、8カ月で歩き出し、一年前にオムツにも卒業、今はオマルでおしっこしたら自らトイレに捨てに行くという優れ者(^^)です。
食欲も旺盛で、他の子供は遊びに夢中でもこの子は必ず食べ物の周りをうろうろ。
うちにいる時にも私が食事の用意をしようと台所に立つとこの子だけは既に子供の椅子に座ってまっていました。見ているとあまりにもしっかりしているので逆に笑いが出ます。

夫がその子に言いました。
「いいぞ~、大きくなったらまた来い!食べ放題に行こう。」

子供は皆それぞれの色を持っていることは当然ですが、
他の子供と一緒にいる時間が長くなると、自分の子供とよその子供がこんなにまで違うんだなぁと痛感させられてしまいますね。

子供の特徴を簡単にいうと、
うちの娘は小食、慎重派、自分の考えをしっかり持っている(要するに頑固)。
先輩の子供達は大食い、行動派、積極的(怖いもの知らず)。

うちの娘もかなり散らかし放しで手に負えないと思っていたのですが、
私の想像を超えることがどんどん起きます。まさに予想外です。

一番面白かったのはトイレが海になったこと。

うちのトイレはお水を流すとその水で手を洗えるようになっていますが、その仕組みが子供達には不思議だったみたいです。水が流れる入り口にトイレットペーパーを詰め込み、どんどん水を流す遊びをしていたのでした。駆け込んで見たら、トイレの床が水たまりに。。。
韓国ではほとんどトイレとお風呂場が一緒になっていて、子供達が便器の水で遊んでるという話はよく耳にしたのですが、こんな遊びをするとは。。。
お蔭様でトイレを水で掃除することになり、とてもきれいになりました。

韓国にいたときに「私の~」を連発していた娘だったので、少し心配になり
先輩らが来る前に娘に何度も言い聞かせました。

私:「韓国からお友達が来るの。来たら、おもちゃ貸してあげられる?」
娘:「うん!」
私:「貸してあげたくない物があったら先に言ってくれる?隠しておくから。」
娘:「ないよ。」

娘に自分の物を友達と一緒に仲よく遊んで欲しかったのですが、念のため「あなたの大事な物は守ってあげる」というメッセージも伝えておきました。でも娘はあっさり「ない」と言ってましたが。。。

最初の何日かはちょっとした取り合い喧嘩がありましたが、問題なく楽しく遊んでいるように見えました。しかし、日にちが経つに連れ、娘の行動に異常が。。。。(続く)

←先輩は、子供と遊び疲れるとアニメーションを見せるそうです。
 うちの娘もついでに見せてもらいました。

2014年4月6日日曜日

1カ月半ぶりに娘と再開した夫の反応は?

前回に続き、今回も夫にブログの内容を頼みました。
今回は一カ月半ぶりに娘と再開した感想についてです。
夫に「娘恐怖症」があるなんて。。。
なんだかその言葉で今までの夫の行動に少し納得が行く様な気がします。。


時期が時期だけに娘の完全ハングル化も予想はしていたものの、
いざ、現実にハングル化してしまった娘に直面すると
以前から若干の娘恐怖症(言いすぎですかね)に
なりかけていたのが、一層大きくなりました。

帰ってきたときから、「アッパ、アッパ」と行くときよりも
ずーっとなついてくれてたし、いろいろと話しかけてくれるようにも
なっていたのに、「何をいっているのかがわからない」のです。
かみさんも、普段よりは通訳をしようとはしてくれているものの、
やはり追いつきません。
近づいたようで、そうではない距離感はこちらの話す言葉を向こうは理解している
ということでもさらにプレッシャーになります。
個人的には私と話すときだけ日本語ならあとはハングルでも英語でもいいやと
おもっていたのですが、こういう状況はおもいもしていなかっただけに、
結構たいへんだったりします。
第3者視点でいえば、この状況は十分にあり得るだろとはおもうので、
自分の思慮の甘さは痛感しています。
4月の中旬までは韓国のお友達親子がきているので、この状況は変わらないとおもいます。
私の方では慣れてきたので、こどもの教育としてはうーんですが、
とりあえず、生活をしていくにはなんとかこの状況になれました。
かみさんの方でいろいろと考えて(話はいろいろと聞いている)行動しているようなので、
今は邪魔にならないように気をつけていくしかできないのかなとおもっている。

←パパとカキ氷を食べました。
  「あっ、つめた~いっ。」

2014年3月28日金曜日

私と娘が韓国にいる間、夫は?

夫にブログに載せる内容を依頼してみました。
私と娘が韓国にいる間、夫はこんな感じで過ごしていましたね。
それにしてもうちの夫は白米が大好きなんだな。。。とつくづく思います。
でも、ごめんね、家族の健康のためになんとか玄米に慣れましょう~。

嫁と娘を韓国に置いて帰ってから
旦那はすぐに白米を炊きました。
もともと気をつかってはいなかったのですが、
睡眠の時間が一定化し、一人暮らしをおうかしておりました。
依頼されていた部屋の掃除、本棚の作成等は結局部屋の片づけだけで手一杯
何でしょう、週末の過ごし方がかなりへたになったような感じでした。
週末はお風呂に入ることができました。
お仕事の方も普段から帰る時間は気にしていませんでしたが、
そのままの調子で過ごすことができました。
食事は外食もあまりふえず、とにかくおそくなってでも
おかずになるようなものを調達して、帰って白米を食べる!!
なんて日々が一月続きました。
その間、娘の写真や状況がおくられてくると
「おおきくなったなぁ」なんてかんじたりしておりました。
ま、向こうに二人がいっている間は、完全に
羽を伸ばしていたというのが本当のところなんだとおもいます。
心配の種はかみさんの体調くらいでしょうか、
ここが大丈夫ならなんとかしてくれると。。。(^^;
ただ、「便りのないのはよい便り」を地で行くため、
かみさんにとってはいつもいじょうにイライラのたまることだったかもしれません。



←韓国での夫と娘

2014年3月19日水曜日

ただいま~、日本に帰ってきました。

先週の土曜日、紆余曲折の末、無事日本に帰って来ました。

娘は、
前日韓国での最終日であることが分かったのか、夜大泣きし、
韓国の空港では日本のパスポートがないため再入国できるかどうか分からないと、
もしかしたら日本から追い返されるかも知らないと言われ心配してましたが、
日本の空港のイミグレーションで無事手続きを通過し、日本の土を踏むことができました。

帰りの飛行機では行きと違い、リラックスしてまったく寝ないで周りのものに興味津々。
飛行機の中でウンチまでしたとか。

えらかったことに、手荷物が多かったため、私は背中と両手で荷物を持っていたのですが、
娘はちゃんと自分の足で飛行機に乗り、飛行機から降りて、歩いてくれました。
(韓国に行くときには最初からだっこ、だっこでした。)

羽田空港にお迎えに来てくれた夫、夫の両親を見た娘、早速声をかけます。

娘:「アパ~。(パパ)」
  「ハルモニ~。(おばあちゃん)」
  「ハラボジ~。(おじいちゃん)」

夫:「(ポカ~ン)」

おじいさん:「何言っているか分からん。」

おばあさん:「やだ~、日本語でしゃべって。」

幸い娘は日本の家族を忘れていなかったみたいです。
とても嬉しくてハイテンションになっている娘、ず~っと韓国語でしゃべり、
それを私が同時通訳しているという笑えない状況が。。。。

韓国で私の父が娘のことを、来たときには「Made in Japan」だったのに、
すっかり「Made in Korea」になったと笑い話をしたのですが、まさにその通り。

韓国での寒い冬の1ヶ月半、娘は病気もしないで新しい環境に慣れながら、
一段と大きくなったような気がします。

まるで寒い冬を乗り越え、春に咲く黄緑の新芽のように。

← 珍しく両目を開けた写真が取れました(31ヶ月)。

2014年3月7日金曜日

31ヶ月目の娘、一時反抗期はそろそろ終わり?

昨日、親友の家に娘と遊びにお邪魔した時のことです。

親友の妹が娘と遊んでくれたのですが、
彼女が娘の持って行ったペンギンのぬいぐるみを指さして「ちょうだい」と言いました。
それを横で見ていた私は娘の口からまた「私の!」という言葉が出るだろうなと思いきや、
おや!? 娘がすんなりペンギンぬいぐるみを渡すんじゃありませんか!!
ちなみにそのぬいぐるみは娘が大好きなもので、他の人が遊ぶと「私の~」と言って嫌がってたものでした。

なんでもかんでも「いや!」、「私の!」が口癖の娘が
大好きなペンギンのぬいぐるみを渡すなんて!!

そういえば、この頃娘の行動に今までと違う変化が見え始めました。

・好きな模様のオムツしか履こうとしなかったのが、今はなんでもOK。

・着替えに1時間以上かかったのが、10分くらいで済むように。

・ママにしかだっこされなかったのが、おじいさんにもだっこうされるように。

・自分の体をママ以外の人が触ると大騒ぎしたのが、今はおじいさん、おばあさんと体を使って遊んでいます。

・人の家には絶対入らない、または入るのに1時間くらいかかったのが、すんなり入るように。

・いつもママ、ママしか呼ばなかったのが、おじいさん、おばあさんと呼びながらおじいさん、おばあさんの足にぶら下がります。

・お菓子を食べる時、おじいさんがあ~と口をあけて待っていっても自分の口ばかりにお菓子をいれていたのが、この前はおじいさんの口にもお菓子を入れてあげるようになりました。

・「○○してもいい?」という質問も多くなったし、私が「だめ」というとすんなり受け入れてくれることも多くなりました。

コップに水がいっぱいになると外に流れるという言葉を信じて
娘の心のコップの水がいっぱいになることを待っていましたが、
その時期が来たのですかね。

韓国にいる間の変化だから、なおさら娘の変化が大きく感じます。


←韓国で初ミュージカル観覧
  「雲のぱん」の絵本をミュージカルにした作品。
  初めは怖いと言っていた娘でしたが、
  見終わると、「あ~、楽しかった」って。(^^)